ジャカルタ(の隣)に引っ越して2年が経ちます。みふゅ(@mifyu_manila)です。
海外生活での心配ごとのひとつは、医療ですよね。
ジャカルタは日本語が通じる病院がたくさんあるんですが、長年外国人の医療行為を国が認めていませんでした。
ところが!2025年5月、インドネシア国内で初めて、「健康特別経済区」として外国人の医療行為が可能となった病院がバリ島に開院しました。
今回、そのBali Internatinal Hosptal (BIH) 開院にあたってイベントに参加してきたのでその内容を踏まえ、調べたことをまとめたいと思います。
この記事は2025年5月現在の情報です。病院の診療科や国の政策は頻繁にアップデートされると予想されるので、最新情報は信頼できるソースをあたってください。
この記事はプロモーションではありません。医療マニアの立場で調べたことをまとめています。間違っている内容があればご連絡ください。
健康特別経済区(Health Special Economic Zone, SEZ)とは
バリに国内初のインターナショナル病院が開院した背景
インドネシアでは2014年まで、直接診療でない場合に外国人医療者の介入が一部認められていました。しかし、2014年の法改正により、外国人医師が国内で診療行為を行うことを原則として認めない措置が取られ、多くの外国人医師がインドネシアを離れました。
その後、インドネシア国内の医療への不信感から富裕層を中心に年間200万人以上が海外で医療を受けるために出国する事態になります。医療ツーリズムですね。この損失は毎年約115億米ドル(約170兆ルピア)とも言われ (*注1)、国内で安心して医療を受けられる環境を整える必要性への議論が起こりました。
その施策のひとつとして、2023年に制定された「健康法第17号(Law Number 17 of 2023)」により、特定の条件下で外国人医師の診療が可能となりました (*注2)。
この法律は特別経済区(SEZ)内での外国人医師の活動を合法化するものであり、第一号の規制緩和対象地区としてサヌール健康特別経済区(Sanur Health Special Economic Zone, SEZ)にBali International Hospitalが開院しました。
バリは世界的にリゾート地としての知名度があり、世界中から医師及びコメディカルスタッフを集めるための戦略的な立地として選定されたものとみられます。(バリなら移住しようかな、と思う医療者はいそうですね。)
これにより、国内はもちろん海外からの医療ツーリズムを呼び込むこと、国内のトレーニング施設としてインドネシア全体の医療水準を上げることを目指す狙いもあるとのことです。
参考:
*注1 BMC Health Services Research / Medical tourism among Indonesians: a scoping review
*注2 Bali Discovery / Four Foreign Doctors Now Practicing at BIH
ジャカルタ近郊の特別経済区は?
サヌールのほかにもSEZの計画はいくつか発表されており、そのうちのひとつ「バンテン国際教育・技術・健康特別経済区(Banten International Education, Technology, and Health SEZ)」はジャカルタ近郊の特別区として注目されています(*注3, 4)。
具体的な地図は見つけられなかったんですが、BSDエリアのようですね。
BSDの病院としては、日本のヘルステックスタートアップMEDRiNGがインドネシア大手財閥 Sinar Mas GroupのLiving Lab Venturesと提携し、インドネシア初の日本人医師が務める医療施設の開設に向けて合意したニュースが2025年1月に発表されました (*注5)。
BSDにグローバル水準の医療施設が誕生するのはとても楽しみです。
参考:
*注3 Antara news / Government establishes new SEZs in education, health sectors
*注4 Cabinet Secretariat of the Republic of Indonesia / President Jokowi Designates Two New SEZs to Bolster Education, Healthcare
*注5 PR Times / 医療スタートアップのメドリング、現地大手企業シナルマスグループと連携 ー インドネシア初の日本人医師が務める医療施設の開設に向け基本合意書を締結 ー
Bali International Hospital(BIH: バリインターナショナル病院)の概要

Bali International Hospital(BIH)については公式Webサイトを見てもらうのが一番正確なのですが、ざっくり情報を拾うとこんな感じ。
- 立地 : Bali島の南東部、Sanur(サヌール)エリア
- 敷地面積 : 67,465 sqm
- ベッド数 : 255床
- ICU : 38床
- 手術室 : 8室
- カテーテル検査室 : 4室
- 6つの特別診療センター(Center of Excellence)
資料にはNICU、PICUも記載があったので、高度医療が必要な出産にも対応してくれることが期待されます。
255床ということで大規模病院ではありませんが、ICUや救急も対応できるということで地域の中核病院になりそうですね。
診療科は?
Webサイトでは、以下の診療科が紹介されています。
- Cardiology(循環器)
- Oncology(腫瘍学:がん治療)
- Neurology(脳神経)
- Gastroenterology and Hepatology(消化器・肝臓)
- Orthopedic(整形外科)
- Comprehensive Health Screening(総合健康診断)
- Women’s & Children’s Health(婦人科・小児科)
- Travel Medicine & Vaccination(旅行医学・予防接種)
このうち、以下の6つの分野については「Center of Excellence」として特別なセンターが開設されるとのこと。
- Cardiology(循環器)
- Oncology(腫瘍科:がん治療)
- Health Screening(健康診断)
- Neurology(脳神経)
- Gastroenterology and Hepatology(消化器・肝臓)
- Orthopedic(整形外科)
ただ、イベントではここに記載されていない「形成外科 (Plastic Surgery)」についてもセンターがあり韓国人医師がすでに入っていると話していたような。。
Bali International Hospital(BIH: バリインターナショナル病院)の特徴
設備がきれいとか、英語が使えるというのはもちろん魅力としてありつつも、お話を聞いていて(元)医療者目線で特徴的だなと思ったことをあげてみます。
分野ごとに提携する専門機関を選ぶ
BIHはどこかの海外の病院とまるっと提携するわけではなく、診療科により各国のパートナーを探すやり方をとっています。
今回のイベントで登壇されていた日本人の藤田医師も、「循環器内科」のスペシャリストとしてチームごと16名も!バリに常駐されるそうです。すごい。
まず最初に診療を始めたのはシンガポールの腫瘍科の医師たち4名。彼らは世界的な癌治療ネットワークであるIcon Cancer Centreに所属している医師たちです。
Icon Cancert Centerとはオーストラリア最大のがん治療専門機関で、インドネシア、シンガポール、マレーシア、中国本土、ニュージーランド、イギリスに拠点を構え、年間350万人以上の患者の治療に携わっているとのこと。
他にも診療科によってオーストラリア、韓国、マレーシア、ドイツ、イギリスなど各国から医師を集めているほか、欧米などで経験を積み帰国したインドネシア人医師も採用されているそうです。
血管外科にはドイツで24年の経験を積んだDr. Rio Marnotoという医師の名前も上がっています。
信頼できる検査施設との提携
インドネシアの医療の課題として、検査結果の精度については度々耳にすることがあります。
医療設備やデバイスのクオリティにもよるので一概に医師・検査技師の知識や技術だけが影響しているとは個人的には思いませんが、重篤な病態が懸念される場合にセカンドオピニオンを求めて他国に渡航する人がいるもの事実。
そこで、BIHではInnoquestという企業と提携し、信頼できる検査結果を返すことを目指しているそうです。
外国人としては治療が長期化する場合は自国に帰る人も多いと思うので、信頼できる検査や診断のセカンドオピニオンのニーズは高いと思います。
Innoquest Indonesiaとは:シンガポール、マレーシア、フィリピン、ベトナム、オーストラリアなどに拠点を持つ東南アジア最大級の臨床検査グループであるPathology Asia Holdings(PAH)を親会社にもつ検査機関。
2022年にジャカルタのクニンガンにラボを設立。1日あたり最大10,000件の検体処理能力を持ち、最新の検査機器とITシステムを備えているとされます。
海外の薬、医療機器を直接輸入できる
上記の検査とも関係しますが、海外の医師が自国と同じクオリティの医療を提供するために、BIHでは特例として直接医療デバイスや薬を輸入できるようになっているとのこと。
例えば日本の状況を考えると、国内で認可されていない医療デバイスや薬を医師・病院の判断で輸入して使うなんて想像できません。
インドネシアはそもそも医療に関わらず輸入に関するルールがとても厳しい国なので、この特例はかなりすごいなと個人的には思います。
これにより、CTなど最新デバイスが導入されているそうです。
日本人の循環器内科医師について

今回のイベントの目玉は、日本からバリに移住されたという日本人の循環器医師、藤田勉医師の講演でした。
藤田医師は札幌心臓血管クリニック(札幌ハートセンター)の院長で、国立循環器病センターのCCUや札幌東徳洲会病院の循環器センター長などの経験のほか、循環器系の専門医はもちろん日本救急医学会の専門医も取得されているそう(これは全部上記のWebサイトからの情報です)。
とはいえ日本に数えきれないほどの循環器内科医師がいる中で、どんな経緯で藤田医師がBIHに関わるようになったのかな?と気になったのも本音(すみません)。
お話を聞いてみると、PCIの日本国内実績がトップレベルであることが理由のひとつとのこと。
ちなみにAIツールで「2024年のPCI件数国内一位の病院は?」と調べてもらったところ、千葉西総合病院で年間3,575件でした(*注6)。
札幌ハートセンターの年間PCI件数は2681件とのことなので、トップの千葉西の病院の規模を考えると、札幌ハートセンターの2600件超というのは確かに多いですね。
藤田医師は最低でも4年間はBIHに常駐予定とのこと。
そしたら札幌の病院はどうなるのかな?と思ったら、札幌ハートセンターには20名の循環器内科医師が在籍しているそうです。すごい。
ちなみに、PCI(冠動脈カテーテル治療)とは、心臓に栄養を与える主要な血管(冠動脈)の狭窄や閉塞に対して行われるステント治療。札幌ハートセンターの説明を引用します。
PCIとは、「狭心症」や「心筋梗塞」により心臓を取り巻く血管(冠動脈)が細くなったり、詰まった箇所に対して、腕や足の付け根にある動脈より、カテーテルと呼ばれる細い管を入れ、細くなった箇所あるいは詰まってしまった箇所を、バルーン(風船)で広げてステントと呼ばれる網目状の金属の筒を留置する治療です。
胸部を切開することなく治療を行えるので、患者様の身体的な負担が少なく、早期の社会復帰が可能です。
引用元:札幌ハートセンター / PCIとは?
PCIはもちろんスキルが必要なので、専門家が来てくださったのは心強いですね。
一方、藤田医師が講演の中で強調されていたのは、心臓由来の突然死を予防するための冠動脈CT血管造影検査(CTA)の重要性でした。
虚血性心疾患の治療において75%以上の血管狭窄の有無が判断基準のひとつとされますが、その状態になっても無症状のことが多々あります。
無症状の場合は病院に行かないので、気づかずに状態が悪化し、突然死の原因のひとつになっているといいます。
通常の健康診断で行われる心電図検査や、冠動脈のカルシウムスコアという指標が参考になることもありますが、それでも見逃されることもあるとのこと。
それを発見できる可能性を高める方法のひとつが、冠動脈 CTA (Coronary CT Angiography)と呼ばれる検査方法です。
詳しい検査内容は省きますが、BIHは256スライスのCT設備を整えており、50歳以上の場合は年1回の検査を受けることをお勧めするとお話しされていました。
ちなみに、冠動脈CTAはジャカルタのPondok Indah 病院などでもやっているみたいです(*注7)。CTの性能などの詳細は見つけられませんでした。
参考:
*注6 千葉西総合病院 / 【過去最高】循環器内科2024年診療実績について
*注7 Rumah Sakit Pondok Indah / Cardiac, Brain, & Vascular Intervention Centre
Bali International Hospital(BIH: バリインターナショナル病院)について知っておきたいこと
今の時点で期待感が増し増しの病院なのですが、担当の方と世間話などをしたなかで個人的に気になったことをまとめてみます。
心臓外科、脳外科手術の対応
開心術・開胸術に対応できるのかと質問したところ、現在は対応できないそうです。もちろん外科医を探して今後は内科外科どちらも対応していく、とのことでした。
緊急時の対応として開胸できる設備があると心強いですね。
同様に、緊急性の高い処置として開頭術や脳血管治療も拡大を期待したいところです。
※救急部門やICUがあるので、緊急処置には対応してくれるのではないかと思います。
お薬や治療内容を自分で調べる心づもりは必要
上記の「特徴」で、BIHは海外のお薬の輸入の裁量権を持つという話がありました。
これはとても画期的な仕組みである一方で、日本の標準的な治療方針とは異なる処方や治療が提案される可能性もあるということです。
インドネシアの病院では、日本ではあまり見かけない薬や、日本よりも容量が多い薬が処方されることがあります。これは欧米出身など他国の医師でも起こりうることです。
私はフィリピンでの受診経験もあり、「日本の医療がすべて正しい」と考えているわけではありません。
どの治療でも、どの薬でも、必ず自分自身で理解できるまで「これはなんのために必要なのかな?」と調べることが大切だと思っています。
海外医療保険の対応について
BIHはインドネシア在住の外国人にも注目されている病院ですが、海外医療保険の対応についてはこれから詳細を詰めていくような印象を受けました。
つまり、現時点ではキャッシュレスなどの対応は難しいと予想されます。
これについては時間の問題で、早いうちに対応されるのではないかなと考えています。
ジャパンデスクは?
インターナショナル病院として、外国人の通訳対応や保険対応などを病院が請け負う施設もあります(※日本語だけでなく、韓国語や中国語なども)。
BIHでジャパンデスクを置く予定はあるか質問したところ、患者数が増えたら検討します、という感じでした。
ジャカルタではジャパンデスクではなくクリニックとして総合病院に入り込んでいるJ-clininc/J-unitや、保険代行を行うジャパニーズヘルプデスクなどが日本人対応をしてくれるので、そういった方向での提携が今後あるかもしれないなと思います。
WellBeあたりはいち早く対象病院に入れてくれそうな予感。どうかな。
終わりに
インドネシアの医療に大きなインパクトを与えそうなバリインターナショナル病院開院のニュース。
海外生活において健康への懸念は日々のストレスのひとつでもあるので、こういった病院が増えてくれるのはとても心強いです。
(しかも、外国人看護師も許可が下りれば働けるそうです。いいな。)
まだ始まったばかりではありますが、今後広がっていく他の SEZも含め、更なる発展を見守っていきたいと思います。